「思いをつなぐ班」始動!

酒匂水系の各地で活躍する実践家の集まり「風の谷あしがら」。僕は「はじめ塾」の和田正宏さんと「思いをつなぐ班」(教育班)を立ち上げ、子どもたちの学びの場を作ろうと動き出している。つなぐ班には10名を越える仲間が集まってくれた。でも、子どもたちを連れていく前に、まずは僕たち自身が現場を見て回らなきゃいけない。そこでお願いしたのが、風の谷メンバーの小宮真一郎さんだ。

年間4000人の来訪者

小宮さんは人気ブルーベリー農園の経営者だった。でも、庭にあった樹齢400年のタブノキが衰えていく様を見て、年間4000人を超える来訪者が大地を踏み荒らすことの恐ろしさを知った。

常緑広葉樹であるタブノキ。この木のあるところは水が豊富で、火災から、風害から人びとを守ってきた。先人たちはこの木を神としてあがめてきた。その木の命脈が絶たれるということは、400年にわたって木にこめられてきた人びとの思いの終わり、願いの終わり、つまり歴史の終わりを意味していたのだった。 誰だって自分の暮らしが第一に決まっている。自分の命が大事に決まっている。でも、小宮さんは悩みに悩んだすえ、農園を閉じ、所有地にある水源と森の再生に人生を懸ける決断をした。

ブルーベリー農園をやめたわけ

じつをいうと、僕は最初、運動論的な環境保護が彼の動機だと思っていた。

でも、ちがった。彼は代々大井町山田地区の名主の家柄。先祖の守ってきた水源と森を再生したいという思いは、彼の「ミッション」だった。環境保護活動というとリベラルな雰囲気がただようが、保守的動機から来る環境保護もあるということ。当たり前なんだけど、個人的には目からウロコのできごとだった。

小宮さんは師の教えをひきながら、こう語る。「人びとは生活の要だからこそ、水源を神域として守ってきた。禁足の地なんです。そういう先人たちの知恵の先に、僕たちはいるということを知らなくちゃならないんです」、と。

先人たちの教え

熱海の土砂災害が世の中を騒がせている。小宮さんは怒りと悲しみを込めるように言う。「災害の起点は本宮という場所。その下には伊豆山神社がある。本宮は『お宮の本』つまり水源地であり、禁足地。そこを荒らしちゃだめなんです。すべては先人たちの教えへの無知からはじまっている」。この災害は自然災害であるのと同時に、無知が人知を踏み越えたことへのしっぺ返し、つまり人災でもあったのだ。

戦前の昔にさかのぼる。のちに国の重要文化財に指定されることとなる土偶が小宮さんの庭から発見されたそうだ。2400年前、縄文と弥生の端境期に作られた土偶を囲み、僕たちはさらに学びを深めた。

土偶のなかには幼児の骨が納められていたらしい。その場にいたみなが、子どもをなくした親の気持ちに思いをはせていたそのときだった。小宮さんはポツリと言った。

「当時といまとでは『死生観』だってちがうんですよ」

ハンマーで殴られたような衝撃。僕たちの当たり前は当たり前じゃない⁉︎そうだ。だからこそ、いまの常識を疑い、自然とのかかわりのなかから積みあげられてきた先人たちの教えに耳を傾けなければならないのだ。なにもかもに納得する。

すぐ近くでは同じく2400年前の炭化米も発見されている。山田地区はあしがら平野のはじまりの地の可能性すらあるという。この地に集まり、そこで生き、死に、文明を起こしてきた人たちがいた。なぜ?もちろん「水源」があるからだ。それを絶やしてよいはずがあろうか。

さあ、戻ろう。

小宮さんは、人類の経験と知識に学び、神々を祀ってきた人類の営みに学び、そして祖先の名誉を大切にしたいから、環境を守ろうとしている。環境保護活動を見ていると、「美しい地球を子どもたちのために」という動機によく出会う。どちらもいい。ようは、先人たちの守ってきたものを子どもたちにつなぐという視点が環境の「保守的保護」と「市民的保護」を接続するのだろう。大切な、大切な、地球の未来。だからこそ、いろんな動機を結集して運動としての力を育てなきゃいけない。

無知と人知の戦い

それなのに・・・こともあろうに、大井町の小宮さん宅にほど近い場所に、巨大な人工サーフィン場が建設されるそうだ。行政は省エネの施設という。だが、省エネだろうが、なかろうが、建設によって環境は破壊され、営業すればエネルギーは浪費される。小宮さんの怒りはいかばかりか。察するにあまりある。

歴史と自然をつなぐ人たちと収益のために破壊する人たちとの戦い。それは「無知と人知の戦い」でもある。この戦いはこれから全国でもはじまるのだろう。僕たちはもっと声をあげなければならない。

訪ねるたびに新しい引き出しを見せてくれる小宮さん。今度は何を教えてくれるのだろう。ちなみに次回はゼミの学生たちと来訪予定だったりする(何度も、何度もすみません、小宮さん!!)

(文-井手英策(教育))

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